店主の選書光る!個性派独立系書店 熱い思いが文化を支える
ことし、宮島未奈さん=富士市出身=の「成瀬は天下を取りにいく」が大賞に輝いた本屋大賞。「売り場からベストセラーをつくる!」との考えから始まった賞なのだそうですが、残念なことにネット販売や電子書籍の隆盛に押されるなどして、書店の数は減り続けています。国内では10年で3割近い約5千店舗が閉店しました。
一方でこのような苦境の中、「本屋さんのある街を取り戻したい」という熱い思いを持つ人たちが、ユニークな書店を誕生させています。ひと味違う店主の選書で、知的好奇心を刺激し、新しい出合いの場となる個性派独立系書店のお話をまとめました。
沼津市「リバーブックス」 午前2時までの深夜営業を始めた理由とは
昨年9月、沼津市下本町で書店「リバーブックス」を金土日限定で開店した。3月からは平日営業も始め、月に数日間、深夜2時までの深夜営業も開始。45歳。
「空きビル活用を目指す市の事業開発スクールへの参加がきっかけ。店から狩野川が見えることと、僕の名字にちなんで店名をつけた。看板のデザインは漫画『とんかつDJアゲ太郎』の作者小山ゆうじろうさんに依頼。沼津クラフトのビールも提供している」
-主要な客層は。
「20~30代女性が中心。SNSで調べた県外からの来客も多く、2月の連休では沼津港から歩いて来た福岡、広島、長野、横浜からの観光客がいた。近隣のホテルの宿泊者や、バスから店を見つけて立ち寄った人も。沼津駅からの人流が沼津あげつち商店街で止まっているので、沼津港に行く途中に立ち寄るスポットにしたい」
-深夜営業を始めた理由は。
「深夜営業する書店は珍しく、面白いのではと思った。沼津は深夜営業の店が少ないので、眠れない日は本に出合いにきてほしい。初回は予想以上にたくさん来た。仕事や学校帰りの人が立ち寄れるよう、平日は午後4時から10時半まで営業している」
-今後取り組みたいことは。
「前職の旅行系出版社で、沼津が舞台のアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』とコラボレーションした観光ガイドを企画した経験を生かし、沼津の飲食店や場所を紹介する観光案内所のような所にしたい。あらゆるジャンルと組めるのが書店の魅力。休日は沼津の飲食店に定期出店してもらい、ビールとお総菜を提供する。沼津に通うラブライブファンと地元の人たちの接続点になれば面白い」
(東部総局・菊地真生)
〈2024.04.14 あなたの静岡新聞〉
県東部に続々 目指すは地域の交流拠点
ネット販売などに押されて大型書店の閉店が相次ぐ一方、「独立系書店」と呼ばれる店主の個性が際立つ小規模型書店の開業が今秋、静岡県東部で相次いでいる。立ち飲み屋やギャラリーなどを併設し、地域の交流拠点として存在感を示し始めている。
営業時間は週末と金曜夜。棚には写真集や画集、暮らしや料理、建築、文化など江本さんの選書眼が光る書籍が並ぶ。奥にはギャラリーを備え、窓際では不定期で沼津クラフトのビールを販売。飲食の間借り営業スペースとしても貸し出す予定だ。江本さんは「沼津は文学館が多い町なのに書店が減っている。本を買うだけでなく、地域の人が気軽に集まれる場にしたい」と力を込める。
三島「ヨット」 都内の立ち飲み文化を書店にも
三島市北田町では9月初旬、書店「ヨット」が仮オープンした。都内で本のデザインや販売に携わった裾野市出身の菅沼祥平さん(32)がUターンし、今春閉店した書店の跡地に設けた。生活や旅、詩集、短歌、民芸などの選書のほか、少人数で制作され一般の書籍流通ルートに乗っていない「ZINE」「リトルプレス」などと呼ばれる出版物も多く扱っている。
出版流通の環境変化 大規模店は閉店相次ぐ
沼津市では、2022年5月にマルサン書店仲見世店、23年3月にはTSUTAYA沼津学園通り店が相次いで閉店した。大規模書店が減る中、店主の選書が光る独立系書店が開店する背景の一つに、出版流通を取り巻く環境変化がある。
大規模書店は、出版社から出版取次会社を介して新刊を調達するのが基本。大手取次から仕入れるには、多額の保証金を納める必要があり、個人書店開業のハードルになっていた。
ところが近年は雑誌不況や輸送費の高騰に伴い、昔ながらの大量流通・大量返品のシステムが崩壊しつつある。一方、ここ数年で1冊からの取引が可能な中小取次や、直接書店と取引する出版社も登場し、店主が選書する個人書店を出店しやすくなっている。
(東部総局・菊地真生)
〈2023.10.19 あなたの静岡新聞 ※年齢は当時〉
静岡「SO GOOD books&styles」 新しい世界との出合いの場に
静岡市葵区の静岡浅間神社近くに2022年8月、広さ約30平方メートルの小さな書店が開業した。店頭に立つのは掛川市でウェブデザイン会社を経営する岡田有祐さん(45)。「本屋に人生を救われた」青年期の経験を基に、客が本を通じて新しい世界に出合う場所づくりを決意し、会社の新規事業としてスタートさせた。
売りたいと思った本だけを選んで仕入れ、書棚に置く。デザイン、芸術、生活、音楽といったジャンルがほとんどだ。「自分を表現するリアルな空間を作ろうと思った」と岡田さん。多くの書店にある小説やビジネス書、週刊誌はない。
県外から藤枝市に引っ越した小学生の頃、ゲーム機を買ってもらえず、代わりに書店通いを始めた。高校時代は一日中、店の中で過ごしたことも。歴史小説からファッション誌まで何でも読んだ。
東京の大学を中退して将来を模索した20代の頃も書店に入り浸った。そこで出合ったのがデザイン、カルチャーに関する本や雑誌。「『こういう仕事をしてみたい』という強烈な意識が、書店で培われた」。デザインを独学し、ウェブ関連企業に就職。実務経験を積み、2012年に独立した。
大手企業の電子商取引(EC)サイトを請け負うなど会社は軌道に乗った。多角化を探る中で浮かんだのが、全国で増えてきた小規模の独立系本屋。「自分のように悩みを持つ若い人が勇気を得られる場所を作れれば」。県内外各地の店を回ってイメージを高め、母の出身地でもある静岡市での開業を決めた。
会社の事業ではあるものの、携わるのは岡田さん1人。店を開けるのも当面は週3~5日の午後のみだ。
「日常的に使う本屋でなくても、『ここにしかない本を見たい』『岡田と話したい』という人に来てもらえたらうれしい」。人々の“目的地”になることで、地域に人を呼ぶきっかけになれば、と考えている。
〈2022.09.28 あなたの静岡新聞 ※年齢は当時〉
番外編 大阪「隆祥館書店」 にぎわいの秘訣に“客と店との会話”
JR大阪駅から南東に約15キロ。地下鉄「谷町6丁目」駅近くの大通り沿いに、約13坪の小さな書店「隆祥館書店」がある。店内は書棚からあふれるほどの本が所狭しと並び、かかっているBGMは地元のラジオ。いわゆる「町の小さな本屋さん」だ。
そんな中、隆祥館書店は今も多くのお客さんでにぎわいを見せる。常連には遠方からわざわざ通ってくる人も。なぜなのか。店にしばらくいたら、特別な魅力が見えてきた。ポイントは、本を介して生まれる「客と店との会話」にあった。(共同通信=田中楓)
▽13坪の本屋
10月のある昼下がり、大阪市阿倍野区に住む室殿隆さん(77)が来店した。数十年来の常連客という。この日も注文した本を受け取りに来たのだが、店主の二村知子さん(63)は、それとは別に一冊の新書を薦めた。
「難しい本だけど、室殿さんなら読めると思う」
室殿さんは「難しいのか」とこぼしたが、口元には笑みがあった。
昨年6月に手術を受け、つえが手放せなくなった室殿さん。来店回数は減ったものの「薦められると世界が広がる。わざわざ買いに出てきますよ」と満足そうに家路に就いた。
二村さんによる「選書」だ。これを目当てに来店する客は多い。
三重県松阪市に住む谷口宗治さん(60)も10月、大阪出張の合間にわざわざ来店。「好みを言っていいですか」と切り出した谷口さんの声に耳を傾けながら、二村さんは狭い店内のあちこちに手を伸ばした。どんな本を選ぶのか、横で見ていた私も気になる。
普段はビジネス書を中心に読んでいること、仕事の内容、北海道に住む息子の話…。30分近く続いた和やかな会話の末、二村さんは5冊を提案した。レジに積み上がったのは、マーケティングやホスピタリティ、それに「職場で外国人を雇用しているなら」と薦められた日本の入管・難民問題を取り上げたノンフィクションなど。
意外だったのは、藤岡陽子さんの小説「おしょりん」が入っていたことだ。二村さんはその意図をこう説明した。
「起業の話だからビジネスマンにも合うし、人の心が繊細に描写される小説からこそ、得られるものがある」
客が普段読まないジャンルの本を、あえて薦めることもあるという。「視界に入らない本の中にも、悩みを解決するヒントがあるかもしれない。話を聞いているうちに、だんだんと薦めたい本が頭に浮かんでくる」
▽隆祥館書店の歩み
店は二村さんの父の善明さんが1949年に起こした。小説や詩集、絵本やエッセーなど多様な本を取り扱い、1日に400人が来店した時代もあった。しかし、Amazonや電子書籍が台頭すると、みるみるうちに減少。
「今では1日40~50人ぐらい。本の配達も、コロナ禍があったため病院や美容室からの注文を取ることが難しくなった。それでも、多いときで50カ所以上に、遠くは30分近くかけてスタッフが届けてくれている」
父の跡を継いだ二村さんには、変わった経歴がある。シンクロナイズドスイミング(現アーティスティックスイミング)の日本代表選手で、コーチも務めた。書店に入ったのは1995年だ。
「選書」に力を入れ始めたきっかけは、ある客にお薦めを聞かれ、紹介した本を読んでもらった経験から。以後は多様なジャンルを読み込み、客の選書の傾向や悩みに寄り添った提案をするように。「何度も来てくれる客の顔と好みは、自然と頭に残っている」。メモは取らない。
▽1万円選書
新型コロナウイルス禍は書店にとっても“氷河期”だったが、二村さんが選書の腕を振るった時期でもある。2020年に始めたのが「1万円選書」だ。きっかけは、遠方の常連が来店しづらくなり「良い本を送って」と頼まれたこと。募集を呼びかけると、500件近くもの応募が殺到した。
「本の需要がなくなっているのではと不安だったので、うれしさに涙が止まらなかった」
客の好みに加え、興味関心や抱えている問題を聞き取り、処方箋のように本を選ぶ。
人間関係に悩む相手には、草薙龍瞬「反応しない練習」や田村耕太郎「頭に来てもアホとは戦うな!」を届けた。「本だけでなく、思いも一緒に届ける。一冊でも心に寄り添う作品があれば」
▽本に救われる
二村さんには過去、心の平安を失った時期がある。パニック障害を発症し、地下鉄に乗ることも難しくなった。ふさぎ込んでいた頃、支えになったのが一冊の本。星野富弘さんの「愛、深き淵より。」だ。事故で手足を動かせなくなった著者は、口に筆をくわえて絵や詩を描いた。
「私の人生を振り返ると、しんどいときには必ず本との出会いがあった。そういう経験があるからこそ、思い悩む人に寄り添って提案できる」
▽集いで生まれるにぎわい
隆祥館書店の特徴は、選書だけではない。
「作家と会ってみたい」という客の声に端を発し、2011年にスタートさせたのが、トークイベント「作家と読者の集い」。月2~3回の頻度で開催し、既に300回を超えた。今では多くの著者が「隆祥館書店に呼ばれてみたい」と希望するという。
2016年からは、本と“小さなお客さま”との出会いの場「ママと赤ちゃんのための集い場」も開く。二村さんの長女で臨床心理士の宝上真弓さん(39)が、子どもの月齢や季節に合わせて選んだ絵本を読み聞かせる。真弓さんの出産後、赤ちゃん連れを断る飲食店の多さに驚いた二村さんが、「親子の居場所づくりに」と、月に一度実施している。
今年10月中旬も、書店が入るビルの8階で開かれた。ハロウィーンを扱った作品など6冊を読み聞かせた。参加した1歳の女の子は、体を揺らしたり絵本の仕掛けに手を伸ばしたりと、全身で楽しんだ。
その様子を笑顔で見ていた母親(41)は満足そう。「絵本もたくさんあってどれを選べば良いか難しいが、ここなら反応を見て買ってあげられる。子育てに役立つ本も薦めてもらえて、育児で感じる孤独も紛らわすことができ、ありがたい」
▽大規模店をしのぐ売り上げ
書店は現在、どれくらい減っているのだろうか。日本出版インフラセンターによると、2022年度の全国の書店数は1万1495店。10年間で約3割減少した。
出版文化産業振興財団が昨年12月に公表した調査では、全国1741市区町村のうち26・2%に当たる456市町村に書店がないことが判明。人口減少による経営難や活字離れなどが背景にあるという。
加えて、小規模書店の経営に影を落とすのが、「ランク配本」という制度だ。出版社と書店の間に入って本の流通を担う「取次」会社が、書店を規模や売り上げに応じてランク付けし、新刊本や話題書の配送部数を割り当てる仕組みで、大規模店が優先される。このため隆祥館書店は、良いと思った本を積極的に仕入れて販売記録を作り、出版社との信頼関係を築いて確実な納入につなげてきた。
例えば、2015年に刊行された北康利著「佐治敬三と開高健 最強のふたり」は、発売から約3週間で70部を売った。これは大規模店も含め全国最多の販売数。小規模店としては驚異的な記録だった。
しかし、2年後にこの本が文庫化された際、隆祥館書店には1冊も配本されなかった。売りたくても本がない。二村さんは出版社に直接掛け合って本を仕入れ、客に届けた。
「各書店でどんな本を売り上げたかという実績に応じて配本されないと、書店の個性もなくなる」。二村さんはランク配本制度に憤る。
▽町の本屋の未来
さまざまな制約があり、もうけも少ない書店経営だが、二村さんの背中を追う存在も現れた。4年前から書店員として働く高原康平さん(30)だ。本好きが転じて働き始めたが、客と和やかに言葉を交わす二村さんを見て「町の本屋」に魅了された。帰宅後には客が購入した本のタイトルやその日の会話で得た情報を、つぶさにスマートフォンに記録する。
「次に来店したときに本の感想を言い合ったり、僕も本を薦めることができたりと、客との距離の近さが町の本屋の強み。二村さんと僕の好みは当然違っていて、だからこそ僕に選べる作品もある。僕もいつか店を構えたい」
活字離れやコロナ禍における注文の減少など、二村さんはこれまで、たくさんの困難を乗り越えてきた。
「もう本屋は厳しいのかもしれないと何度も落ち込んだ。でもそのたびに来てくれるお客さんの顔が浮かんで、まだ頑張れる、もっと一人一人と深くお付き合いしようと続けてきた」
その思いの原点には、自らの人生に寄り添ってくれた本への熱い思いがある。「本は子どもも大人も関係なく救ってくれる。『本屋、やめんといてほしい』と言ってもらえるよう、やれることは全部やる」。本を読み終える頃、その心が解きほぐれることを願って。
〈2023.11.27 あなたの静岡新聞 ※年齢は当時〉