宇宙に迫る夢、予算激減でも「つぶすわけにはいかない」 若手支援、地元が手を差し伸べる【生き抜く】「天文学」

 闇に輝くオレンジ色の輪。内側には強い重力で光さえも逃さない「暗黒の天体」が潜む。

観測所構内にある奥州宇宙遊学館の廊下に立つ本間希樹。「どの研究が伸びるかは予測できない。『選択と集中』は未来のチャンスを摘み取っていないか」と語る=2023年11月、岩手県奥州市
観測所構内にある奥州宇宙遊学館の廊下に立つ本間希樹。「どの研究が伸びるかは予測できない。『選択と集中』は未来のチャンスを摘み取っていないか」と語る=2023年11月、岩手県奥州市
夕暮れの空を背景に、オレンジ色に照らし出された国立天文台水沢VLBI観測所の口径20メートル電波望遠鏡。ブラックホールや天の川銀河などを観測してきた=2023年11月、岩手県奥州市
夕暮れの空を背景に、オレンジ色に照らし出された国立天文台水沢VLBI観測所の口径20メートル電波望遠鏡。ブラックホールや天の川銀河などを観測してきた=2023年11月、岩手県奥州市
国立天文台水沢VLBI観測所の口径20メートル電波望遠鏡と、観測所が発足する契機となった北緯39度8分を示す白線=2023年11月、岩手県奥州市
国立天文台水沢VLBI観測所の口径20メートル電波望遠鏡と、観測所が発足する契機となった北緯39度8分を示す白線=2023年11月、岩手県奥州市
観測所構内にある奥州宇宙遊学館の廊下に立つ本間希樹。「どの研究が伸びるかは予測できない。『選択と集中』は未来のチャンスを摘み取っていないか」と語る=2023年11月、岩手県奥州市
夕暮れの空を背景に、オレンジ色に照らし出された国立天文台水沢VLBI観測所の口径20メートル電波望遠鏡。ブラックホールや天の川銀河などを観測してきた=2023年11月、岩手県奥州市
国立天文台水沢VLBI観測所の口径20メートル電波望遠鏡と、観測所が発足する契機となった北緯39度8分を示す白線=2023年11月、岩手県奥州市

 「人類が初めて目にしたブラックホールの姿です」。2019年4月10日夜、東京都千代田区の記者会見場に集まった約100人を前に本間希樹(52)の声が熱を帯びる。「私たちは新たな研究のツールを手にした」
 ハワイや南極など6カ所の電波望遠鏡をつなぎ直径1万キロの望遠鏡とする国際プロジェクトの成果だ。本間は2008年、米国の研究者が進めていた計画に日本が南米チリに持つ望遠鏡を加えることを提案し、画像化手法などの開発に取り組む日本のグループを率いてきた。
 ノーベル賞級と評価される目標達成の喜びもつかの間、思わぬ事態が待ち受けていた。
 ▽生命線
 本間は岩手県奥州市にある国立天文台水沢VLBI観測所の所長を2015年から務める。記者会見から8カ月後の2019年12月、天文台から唐突に「次年度予算は半減」と通告され、言葉を失った。
 前年に「22年までに予算を今の半分の2億円に」と求められ、まず19年度は約3億円に絞った。そこから半減では、生命線である望遠鏡の運転をも止めざるを得ない。
 望遠鏡を利用する大学の研究者らも抗議し、地元の住民団体が約1万6千筆の署名を提出。元天文台長らが収拾に動き、台長の裁量経費で補われた。以後も2億円弱とぎりぎりの予算が続く。
 経緯を調べた委員会は背景にある天文台の財政難を指摘した。基盤となる国からの運営費交付金は減り続け、若手向けには任期付きの職ばかり。
 観測所は外部の利用者のため望遠鏡の維持管理を優先する必要があり、人件費を削った結果、本間の所長就任時の50人弱から30人弱に減った。
 太陽系がある天の川銀河の立体地図を作る「VERAプロジェクト」も2020年にやめた。本間が望遠鏡建設から携わり、世界最高水準の精度を出すべく長年苦労を重ねた看板プロジェクトだった。
 「生き延びるには財源を多様化するしかない。望遠鏡にかかる億単位のお金を集めるのは無理。観測所に一番足りないものでかつ効果的な投資として若手研究者の行き先をつくることを考えた」
 ▽二刀流
 講演などで出会った企業経営者らに若手研究者への支援を訴えた。普段は穏やかな本間の懸命の「悪あがき」に、地元企業が手を差し伸べる。
 その1番手がブラックホールの画像化を担った博士研究員(ポスドク)の田崎文得(38)。任期切れの2020年春、奥州市に工場を置く半導体製造装置大手、東京エレクトロンテクノロジーソリューションズに入社した。
 当初は月12日働く契約社員で、観測所では無給の研究員という同社でも天文台でも前例のない「二刀流」。自分が会社で役に立つのかと不安だった田崎だが、水を得た魚のように活躍し始める。
 任されたのは装置の温度や圧力を測る数百、数千個ものセンサーのデータを解析し改善策を探ること。膨大なデータから有益なものを効率よく選び出し、データがない場所の数値は推定する。それは田崎が天文学で追究してきたことだった。
 難しい事柄をやさしく説明し、若手の指導もうまい。力量を買われ2年で正社員となり、仕事7割、研究3割の生活を満喫中だ。「台湾であった会議で海外の研究仲間に驚かれました。会社の給料をもらって研究できるなんて夢のようだと」
 ▽次の夢
 2022年7月、タイの国立天文学研究所から特任助教として観測所に移った酒井大裕(32)は地元紙、岩手日報の特任記者として大型の科学特集記事を執筆する。同社と天文台が2021年11月に結んだポスドク支援を柱とする連携協定で採用された。
 「成果を伝える活動に興味があった。大変ありがたいことに研究優先でと言ってもらっています」。任期は3年。次の職探しが迫りつつある。
 紅葉が早めの雪に覆われた初冬。観測所の一角で送風機が音を立てていた。電気代の節約になる、と本間。「コンピューターを冷やすため部屋のドアを開け、廊下の冷気を送っているんです」
 観測所が運用する4カ所の望遠鏡のうち小笠原諸島・父島にある望遠鏡の駆動装置が最近故障した。新品を買う余裕はなく、水沢の望遠鏡から一部の装置を取り外し父島に送った。修理完了まで水沢では天体を精度良く追うことができない。
 次の夢はある。2022年に2例目のブラックホール画像を公開したのを弾みに、望遠鏡を載せた衛星を米国と共に打ち上げ、より高性能の望遠鏡を実現する。中国や韓国、台湾と組み、ブラックホールから物質が噴き出す現象を調べる。知的生命体の発信する電波を探す。
 「国内外の研究者、地元の方から大きな期待をかけられている。ここをつぶすわけにはいかない」

 【もっと知るために/むなしく響くスローガン】
 「科学技術創造立国」。1995年に科学技術基本法ができたころ、よく聞かれたスローガンだ。政策が振るわない今となってはむなしく響く。
 文部科学省科学技術・学術政策研究所が2023年に発表した注目度の高い論文数の国別順位で日本はイランに抜かれ過去最低の13位となった。
 英科学誌ネイチャーは「日本の研究はもはや世界レベルにない」とし、大学教員の研究時間減少や研究費の伸び悩みが原因との見方を紹介した。
 国立天文台など大学共同利用機関や国立大の財政基盤は2004年の法人化で弱体化。若手に安定した職を提供できず、博士志望の若者も減り続ける。
 政府は特定分野への研究費の重点配分や支援を一部の国立大に集中する「選択と集中」路線を続ける。だが、問題解決の道筋は見えてこない。

 (敬称略/文は共同通信編集委員・辻村達哉、写真は共同通信編集委員・今里彰利/年齢や肩書は2024年1月13日に新聞用に出稿した当時のものです)

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