あったか共同湯、湧く郷土愛 身近な温泉の価値見直す【NEXTラボ】

 豊富な温泉資源に恵まれた静岡県。特に源泉が集中する伊豆半島には、地域住民の手で管理・運営される共同湯や共同浴場が数多くあり、古くから暮らしの中に温泉がある。一般も入浴できる施設には、源泉かけ流しの「本物の温泉」を求めて遠方から訪れる人も。寒さが本格化したこの時季、身近な温泉の価値を見直したい。  伊東 住民の日常 観光資源に  伊東市桜木町の「岡布袋[ほてい]の湯(岡湯)」。午後2時前、営業開始を待ちわびる住民が次々にやってきた。「ほぼ毎日来ている。うちに風呂はあるが、まず沸かさない」と渡辺定則さん(85)。いつもの顔ぶれと会話を楽しむ社交の場でもある。

タイル張りの二つの浴槽には温度の異なる温泉がかけ流しになっている=伊東市の「岡布袋の湯」
タイル張りの二つの浴槽には温度の異なる温泉がかけ流しになっている=伊東市の「岡布袋の湯」
共同湯巡りのポスター。キャンペーンは初の試みだ=伊東市の「岡布袋の湯」
共同湯巡りのポスター。キャンペーンは初の試みだ=伊東市の「岡布袋の湯」
狩野川沿いに建つ「河鹿の湯」の内部。冬至には利用者がゆず湯を楽しんだ=伊豆市湯ケ島
狩野川沿いに建つ「河鹿の湯」の内部。冬至には利用者がゆず湯を楽しんだ=伊豆市湯ケ島
タイル張りの二つの浴槽には温度の異なる温泉がかけ流しになっている=伊東市の「岡布袋の湯」
共同湯巡りのポスター。キャンペーンは初の試みだ=伊東市の「岡布袋の湯」
狩野川沿いに建つ「河鹿の湯」の内部。冬至には利用者がゆず湯を楽しんだ=伊豆市湯ケ島

 岡湯は地元の岡財産区が管理、運営する共同湯だ。築60年の集会所併設の建物1階にある男湯と女湯に浴槽が二つずつ。源泉かけ流しの温泉で満ちている。大人は1回450円、住民はさらに低料金で入浴できる。財産区議長の虫明博光さん(70)は「温泉は自分たちには当たり前の存在。考えてみればぜいたくなことなのかも」と笑う。
 生活に溶け込んだ温泉だが、実は2年前にいったん閉鎖が決まった。月平均の利用者は延べ約3500人。虫明さんは「昭和40~50年代のピーク時は今の倍はいたが、高齢化や内湯普及で減った。運営費用を賄いきれない」と話す。ところが、存続を求める住民が約2000筆の署名を同財産区に提出。料金を値上げし、営業を続けることになった。
 国内有数の温泉湧出量を誇る伊東市。JR伊東駅を中心とした市街地には、財産区など地域で運営する共同湯が計10カ所ある。利用者の減少は共通の課題で、同様に運営が厳しい所も多い。
 「松原大黒天神の湯(松原浴場)」の運営に携わる松原区長の井原孝さん(70)は「利用者を増やすか、料金を上げるかしかない」と話す。狙うのは伊東を訪れる観光客の取り込みだ。井原さんや虫明さんらは連携して、共同湯7カ所が参加する湯巡りのキャンペーンを昨年11月に開始した。QRコード入りのポスターを店舗などに配布し、専用ウェブサイトで個性ある各施設をPRする。
 虫明さんは「源泉かけ流しで住民に身近な共同湯は、伊東の魅力として売り出せる。観光振興にも寄与できる」と期待する。  伊豆 文豪の湯 一般受け入れ再開  昭和の文豪・井上靖が幼少期から少年時代を過ごした伊豆市湯ケ島。自伝小説「しろばんば」にも登場する、狩野川沿いの共同湯が「河鹿[かじか]の湯」だ。利用組合の安藤昌弘さん(69)は「泉質は良すぎるくらい。10代から使っていて、やっぱりここがいい」と、地域住民自慢の温泉の魅力を語る。
 記録によれば、川の対岸で自噴する源泉から湯を引き、明治時代には共同湯があった。1965年頃、現在の平屋建ての浴場を建設し、住民以外の受け入れも始めた。大人1回350円でかけ流しの温泉を楽しめるとあって、首都圏からの旅行者も少なくない。
 ただ、地域の人口減や高齢化に伴い、利用者は減少傾向にある。追い打ちをかけたのが新型コロナウイルス禍。感染拡大を防ぐため、2年余り入浴を地元住民に限定した。昨年7月に受け入れを再開したが、今後の設備更新などを考えると運営は厳しい。
 安藤さんは「組合費を取り崩して運営しているが、共同湯がなくなったら大変なことになる。コロナが落ち着いて利用が戻ってくれれば」と願う。

photo02  源泉 生活に恩恵  日本温泉協会の2020年度のまとめによると、静岡県の源泉総数は2208本と都道府県別で4番目に多い。このうち717本が42度以上の高温源泉。多くはかつて活発な火山活動があった伊豆半島にあり、地域の生活や観光に恩恵をもたらしてきた。
 旅館・ホテル、民間・公営の温泉施設とは別に、住民向けに地域で設けられた共同湯、共同浴場も伊東市、伊豆市、伊豆の国市、熱海市などに複数ある。一般には開放していない会員・組合員限定の温泉もあるとみられ、その数など実態はつかみにくいが、近年は利用者減少や設備老朽化などを理由に閉鎖も相次いでいる。
 住民の生活に欠かせない温泉利用施設である一方、温泉地ならではの文化として観光資源と位置付けてPRする地域もある。  ひなびた湯 愛好者増加中 ブログ運営 岩本薫さん(温泉本作家)  ウェブ上でブログ「ひなびた温泉研究所」を運営し、全国の温泉約2000カ所を巡った温泉本作家の岩本薫さん(59)=茨城県=に、共同湯の魅力などについて聞いた。
photo02  ―ひなびた温泉の良さとは。
 「コピーライターの仕事で各地を回った時に地元の共同湯を教えてもらい、はまった。商業的なマーケティングと関係がないところが一番の魅力。初めての温泉街ではまず共同湯を目指す。昔から続く共同湯には一番いいお湯があり、湯量が豊富で鮮度も全然違う。狭いので地元の人との会話も自然に生まれ、情報を得られる」
 ―著作などで紹介している。
 「箱根のある共同湯が廃業する際、SNS(交流サイト)で呼びかけると支援を求める5000人の署名が集まった。共同湯を残す動きを盛り上げるため、『百名山』にちなんだ『百ひな泉』を考えた。温泉好きでつくる『ひなびた温泉研究所』のメンバーの投票で選定し、情報を集めて本にした」
 ―楽しみ方は。
 「共同湯は昔から支持されてきたもの。まず泉質を味わってほしい。地域ごとに特徴があり、それぞれにユニークさがある。時代から取り残されたような所もあるが、1周回ってそこが魅力と捉えられている」
 ―どう盛り上げていけば良いか。
 「マニアックなものがテレビで取り上げられるなど、以前より『ディープなもの』を楽しむ人が増えている。共同湯のそういった部分を発信する発想に切り替えてはどうか。若い世代に情報発信して力を借りていけばいい。今のサウナブームも若者の盛り上げがあってこそだ」
   いわもと・かおる 東京生まれ。著書・編著に「ひなびた温泉パラダイス」「日本百ひな泉」などがある。

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