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【牧之原・バス置き去り園児死亡】臨時の運転が招いた悲劇 23日初公判

 牧之原市の認定こども園「川崎幼稚園」で2022年9月5日、園児の河本千奈ちゃん=当時(3)=が送迎バスに置き去りにされ、熱中症で死亡した事件で、業務上過失致死の罪に問われた前園長の増田立義被告(74)、元クラス担任(48)の初公判が23日、静岡地裁で開かれる。幼い命が失われた事件の真相について両被告は法廷で何を語るのか―。関係者への取材と同市検証委員会の報告書などを基に当日の状況を時系列で追い、両被告が問われている過失に迫る。
 (「届かぬ声」取材班)
事件当日の川崎幼稚園=2022年9月5日午後、牧之原市静波
運転手「不在」、複数回認識か
―事件当日の経過

 「おれが乗らなきゃいけなくなった」
 22年9月5日朝。川崎幼稚園の関係者は、同園の職員室付近で慌てた様子の増田立義被告とすれ違った。
 この日は送迎バスの運転手の一人が不在。3台あるバスのうち、1巡で終わる通称「きりんバス」を増田被告が臨時で運転することになった。「もう行くの?そんなに早く行かなくてもいいですよ」。出発時刻にはまだ余裕があり、関係者は思わず声をかけた。
 午前8時ごろ、きりんバスは園を出発した。送迎バスで自宅に到着した生前の河本千奈ちゃん(中央奥)。後ろから2列目に座る千奈ちゃんの顔は背もたれより上に出ている。父親が偶然撮影していた=2022年6月、牧之原市内(父親提供)

 「ちなちゃん幼稚園行くのー」
 8時40分ごろ。朝食を済ませ、制服に着替えた河本千奈ちゃんは母と一緒に玄関の外に出ると、うれしそうに近所の住民に話しかけた。
 43分ごろ、きりんバスが自宅の前に到着した。千奈ちゃんは母が持っていたバッグを奪い取るようにして乗り込み、後ろから2列目の席に座った。母は乗務員と、運転席の方に向けて「お願いします」と頭を下げた。娘がバスに乗ることは命を預けることだと思っているから、毎回必ずそうしていた。ただこの日は、いつもと違う白髪の運転手の存在が気になった。

 8時48分ごろ、きりんバスが園舎前に到着した。乗車した園児は千奈ちゃんを含め6人。乗務員は片方の手で荷物を持ち、もう片方の手で2歳児の手を引いてバスを降りた。ここで本来の運転手は自主的に運転席を立ち、まだ車内に残っている園児に降車を促したり、忘れ物を確認したりしていたが、増田被告は園児の降車を確認しないまま車内で運行日誌を記入し始めた。
 乗務員が職員室前で登園管理システムにバス利用園児の分の入力を終えると、バスがまだ園舎前に止まっていることに気がついた。いつもなら入力をしている間に、本来の運転手が約240~250メートル離れた駐車場にバスを移動させていた。乗務員は違和感を覚えつつ、開いたままだったバスのドアを、増田被告の了解を得て閉めた。増田被告は駐車場にバスを移動させた後も1分ほど運行日誌を記入し、降車して施錠した。
 行儀よく席に座り、背もたれより上に顔が出ていたはずの千奈ちゃんの存在に、増田被告も乗務員も気付かなかった。

 

 千奈ちゃんは22年4月の入園以降、風邪をひいて休むことが複数回あったが、母は事前連絡を一度も欠かさず、遅刻もなかった。同じクラスの他の園児も、事前の連絡なしに欠席することはなかった。
 千奈ちゃんのクラスの副担任は8時50~55分ごろ、登園管理システムで登園状況を確認。千奈ちゃんは未入力の状態だった。乗務員が千奈ちゃんも含めたバス利用園児の分を「登園」と入力したのは56分ごろ。副担任は「登園」と打刻された同システムの最終情報を確認することなく、担任の西原亜子被告に千奈ちゃんが未入力の状態と報告した。西原被告は「お休みかな」とだけ言い、保護者らに欠席かどうかの確認はしなかった。
 9時50分ごろ。西原被告と副担任はいつものように朝の会で出欠席の確認を兼ね、園児に好きなシールを選んでもらい、それぞれの手帳の日付に貼らせた。この日は身体測定の他、絵の具を使った活動も行われた。制作途中の作品が各園児に配られる中、千奈ちゃんの作品は残った。給食でも千奈ちゃんの分が余った。千奈ちゃんがいないことを認識する機会は複数回あった。

 午後2時10分ごろ。本来の「きりんバス」運転手が降園に備えて駐車場からバスを出し、園舎と園庭の間の細道に後進で入ろうとした時だった。前から3列目付近に千奈ちゃんが倒れているのが見えた。「大変!」。助手席の窓を開けて叫んだ。園内に悲鳴が飛び交う。変わり果てた千奈ちゃんの姿を別の園児と見間違えて確認に走る職員もいた。
 2時半ごろ、救急車が到着し、病院に搬送された。知らせを受けた両親も病院に到着した。「助かることを祈ろう」。悲痛の願いは届かず、3時34分、死亡が確認された。死因は熱射病。灼熱(しゃくねつ)の車内に約5時間取り残されたことによる重度の熱中症だった。

 事件2日後に開かれた記者会見で、増田被告はバスを運転する機会が「近年では数回程度」と話し「当日は3人の方にお願いしたが断られ、自分が運転した」と述べた。午前中に病院に行く用事があったといい、「焦りがあったことは確か」「運行記録に目が行ったのがミス。年齢的に一つ一つのことを忘れてしまう」とも語った。西原被告は会見に出席していない。


前園長に二つの注意義務 担任は所在確認「軽率」
-起訴状の指摘

 静岡地検は事件から約1年2カ月後の2023年11月24日、増田被告と西原被告を業務上過失致死の罪で在宅起訴した。地検は「園児を置き去りにした者の過失、置き去りにされた園児を結果的にそのまま長時間放置してしまった過失の両側面で検討した結果、2人の過失が重大と認められた」と説明した。
 起訴状は増田被告に①送迎バスを運行する際の園児の安全に関する計画を策定し、運転手や乗務員を指導する管理者としての注意義務②乗務員とともに自らもバスに乗せた園児全員を確実に降車させる運転者としての注意義務、の両方があったと指摘。増田被告はいずれの注意義務も果たすことなく、千奈ちゃんをバスに取り残したとした。
 西原被告についてはまず、千奈ちゃんが事件当日もバスで登園予定で、これまで事前の連絡なしに欠席や遅刻をしたことがなかった点に言及。クラス担任として速やかに保護者に連絡を取るなどして所在を確認する注意義務を怠り、千奈ちゃんが事前の連絡なしに遅刻や欠席をしたと軽率に信じた―とした。一方で地検は両被告とともに業務上過失致死容疑で書類送検されていた乗務員と副担任について、「起訴に足りる十分な証拠がないと判断した」として不起訴処分とした。
 保育の安全管理に詳しい元検事の岩月泰頼弁護士(47)は「預かった園児を炎天下のバスに乗せているのだから、国の通知や判例を見ても降ろす時の点呼や人数確認などの注意義務があることは否定しがたい」と指摘する。事件の約1年前の21年7月には福岡県中間市で5歳の保育園児が送迎バス内で死亡する同様の置き去り事件があり、国が再発防止を全国の保育事業者らに求めていた。なおさら車内を確かめる注意義務は「重かった」という。バスの送迎に直接関わっていない西原被告の起訴も「行政からの注意喚起もある中で、同様の事件が繰り返されたことを重くみた地検の判断があったのではないか」と分析する。



「対策にしすぎはない」
― 安全装置設置義務化1年

 牧之原市の送迎バス園児置き去り事件を機に、国は全国の幼稚園やこども園などの送迎バスに置き去りを防ぐ安全装置の設置を義務化し、子どもの安全管理に対する市民の関心も高まった。保育現場の従事者らは社会に大きな影響を与えた事件の裁判の行方を複雑な思いで見守る。
 「正直、あまり見たくはない。自分の園で起こりうることでもある」。県西部で幼稚園を運営する理事長は、23日の初公判について複雑な心境を明かした。事件以降、職員は園児のバスの乗り降りなど一つ一つの確認作業をより慎重に行う意識が高まったという。園児の出欠管理にアプリは使わず、保護者からの電話連絡で情報を把握する。「アプリは便利ではあるが『任せとけばいいや』という雰囲気になるのが怖い。アナログな方法でうまくいっているので、それを徹底するだけ」と話す。
 安全装置は今年4月で設置義務化から1年が経過した。南八幡幼稚園(静岡市駿河区)は園児39人乗りの送迎バスに、エンジン停止後4分以内に座席最後方のボタンを押さなければハザードランプが点灯し、クラクションが鳴る仕組みの装置を導入した。運転手を約20年務める浦田雅人さん(67)は「安全を強化する意味で装置はいいことだが、降車後は必ず忘れ物を確認し、車内を掃除している」と話す。「事件が起きるまでは置き去りなど1%も考えたことがなかった」と松本幸真園長(42)。「対策にしすぎはない」と、園内でも出欠確認の回数を増やしたという。
 一方で置き去りは牧之原市の事件の他にも、2022年11月には大阪府、23年9月には岡山県で、いずれも保育施設に通う2歳児が保護者らの乗用車で熱中症で死亡する事件が起きている。国や県は送迎バスの有無にかかわらず、連絡なく登園していない園児については保護者への速やかな確認と情報共有を徹底するよう周知した。保育従事者からは現場に負担を求めることに疑問の声もある。
 藤枝、島田市で小規模保育園を運営する谷中宏章さん(42)は「事件が起きる度に『自分の園はこれで本当に大丈夫か』と思ってしまう」と話す。出欠管理アプリの運用に加え、欠席やお迎えの時間変更などの場合は電話連絡もするよう保護者に協力を依頼。一定の時間になっても登園しない園児の保護者にはつながるまで電話をかけているという。「小規模園ならではのやり方で安全管理を徹底していきたい」と語る。


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