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現所有者、住職の顔 信心期待も対策進まず【残土の闇 警告・伊豆山⑯/第3章 放置された10年③】

 後に崩落することになる熱海市伊豆山の盛り土付近一帯を購入した事業家の男性(85)は、近隣に寺院を建立し、県内にある他の寺院でも住職を務めている。住まいは県外だが、足しげく自らの寺院に通ってきた。取材に「信仰がなきゃできない」と自負した。

盛り土崩落現場一帯を所有する男性が建てた寺院の本堂と庫裏(右)。伊豆山神社から一部が見えた=4月27日、熱海市伊豆山
盛り土崩落現場一帯を所有する男性が建てた寺院の本堂と庫裏(右)。伊豆山神社から一部が見えた=4月27日、熱海市伊豆山

 「仏門の出自」を名乗る。男性から渡されたパンフレットによると、伊豆山の寺院は鉄筋コンクリート造り瓦ぶき。4層に分かれ、延べ床面積は約1580平方メートルに上る。正面は石積みが施され、まるで城のよう。男性の強いこだわりがうかがえる。2020年の男性の誕生日に「完成」したと書かれていた。関係者の話では、工事中も頻繁に指示を出しに来たという。
 寺院の敷地内にはもともと小さなほこらがあり、現地の地名の由来となる物語が伝えられてきた。寺院の建設に伴い、由緒あるほこらを壊さないでほしいと住民から要望され、周囲をきれいに整備した上で残した。現地を案内された住民は「しっかり約束を守ってくれた」と安心した。
 男性は事業家として成功した人物だ。故郷の人々は「幼い頃から頭が良かった」と口をそろえる。全ての役職を退いているが、社員の多くは今も「会長」と呼ぶ。代理人で会社の顧問弁護士も担っているという河合弘之氏は「ワンマンなのは事実。経営者としては大成功したので今後をつくる教育とか宗教、環境問題に関心がある。僧籍があり、寺を持つことが夢だったのでは。立志伝中の人」と評す。
 20年ほど前に伊豆山とは別の寺院の住職に就くと、私財を投じて山門や鐘楼の再建に取りかかった。熱海市にいたという以前の住職が寺に来るのは年1回程度に過ぎなかったが、男性は月参りを心掛けた。熱心に清掃にも取り組む姿に、総代の一人は「地域にとってありがたい」と感謝する。総代会長経験者も「みんな尊敬している」と褒めた。
 総代らは、男性が伊豆山に寺院を建てたことは知っていても土石流の起点となった盛り土の所有者とは発災前に聞いたことはなかったという。「金繰りに困った前所有者から買ってくれ、と頼まれたのでは」とおもんばかる。河合弁護士は、災害を巡る男性の心境について「やはり、じくじたる思いがある。所有者として非常に重く受け止めている」と代弁。他方で「法的な責任とは違う」と強調する。
 本人の考えを直接確認すべく男性を訪ねた。男性は、危険性は把握していなかったと主張した。全く知らなかったのかと重ねて尋ねても、うなずきながら「話したくない」と話題を避けた。崩落した盛り土が放置されていた13年、「善意を持って」安全対策工事を行うと行政に伝えていた現所有者側。信心深くひとかどの人物の約束と受け取った行政の安堵(あんど)感とは裏腹に、その言葉が果たされることはなかった。
 >相次ぐ無届け開発 行政指導は再び後手に【残土の闇 警告・伊豆山⑰/第3章 放置された10年④】

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