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危機感と楽観のはざまで 見送られた「避難指示」【残土の闇 警告・伊豆山⑲/第4章 運命の7・3①】

 窓の外は激しい雨が降っていた。2021年7月2日午前、熱海市役所の会議室。斉藤栄市長はある決断を迷っていた。避難指示を出すべきか、このまま状況を見守るべきか-。そして、この部屋にいた誰もが、翌日の悲劇など想像していなかった。

土石流の発災直前に泥水が勢いよく流れる逢初川=2021年7月3日午前10時ごろ、熱海市伊豆山(住民提供)
土石流の発災直前に泥水が勢いよく流れる逢初川=2021年7月3日午前10時ごろ、熱海市伊豆山(住民提供)
土石流の発災直前に泥水が勢いよく流れる逢初川=2021年7月3日午前10時ごろ、熱海市伊豆山(住民提供)

 午前10時半に開かれた大雨対策に関する臨時会議。市幹部約10人が顔をそろえた。直前に静岡地方気象台から連絡を受けていた高久浩士危機管理監が冒頭、報告した。「もうすぐ熱海市にも土砂災害警戒情報を出すと気象台から打診が来ています」。連続雨量は200ミリに迫っていた。
 会議の30分前、熱海市は大雨警報を受けて5段階の警戒レベルのうち上から3番目の「高齢者等避難」を発令した。今後の雨の予測を踏まえ、1段階格上げして「避難指示」を発令するかどうかが重要検討事項だった。近隣の伊東市や沼津市は既に避難指示を出している。
 熱海市内では1日夜に網代地区の民家裏で土砂崩れが発生したばかり。高久危機管理監は一部避難所を開設している状況を踏まえ、「避難指示へと展開していくことを考えている」と進言した。
 一方で当時、雨は昼すぎに峠を越え、次第に小康状態になるとの予報もあった。「台風とは違う」「風がそれほど強くない」。そんな楽観的な見方が会議室に漂っていた。最終的にその席で斉藤市長が重視したのは夕方にかけての雨予報。市が下した判断は警戒レベルの格上げ見送りだった。伊豆山の逢初(あいぞめ)川源頭部に10年間放置されていた盛り土の危険性に言及する幹部は誰一人いなかった。
 皮肉にも、雨は市の決断とは裏腹にやむ気配を見せず、総雨量は上昇していく。気象台は午後0時半、熱海市に土砂災害警戒情報を発表した。その1時間半後には熱海市下多賀のJR伊東線の線路のり面が崩壊し、大雨被害が徐々に交通網や住民生活に広がり始めていた。
 深夜11時半ごろ、逢初川にも異変が出ていた。川の近くに住む志村信彦さん(41)は就寝後、家の約10メートル横を流れる逢初川の底を石が転がるような音を聞いたのを覚えている。翌3日朝には、濁流になった逢初川が見えた。19年の台風19号の際に家族で事前避難した経験から、出水期は気象災害情報に気を付けていた。気象庁のウェブサイト「キキクル(危険度分布)」では3日未明から市内は広範囲に最大級の土砂災害の危険を示す濃い紫色が表示され、「なぜ、避難指示が出ないのか」と市の対応に一抹の不安を抱いていた。
 不安は案の定、現実になっていく。午前8時ごろ、沼津市の黄瀬川沿いの住宅が流され、後に黄瀬川大橋の橋脚が一部崩壊。富士市内の河川も氾濫して約200棟が浸水するなど、長雨の猛威が次々に表面化していた。この時、逢初川上流域でも道路にまで泥水が流れ、今まで見たことのない現象が起きていた。源頭部の盛り土も崩壊の時が徐々に迫っていた。
      ◇
 2021年7月3日、熱海市伊豆山の逢初川源頭部の不適切に造成された盛り土が崩れ、土砂が約2キロ下流の海岸まで流出した。数日前からの長雨で地元では異変が表れていたが、市は警戒レベルの引き上げを見送っていた。盛り土の存在も住民に周知されていなかった。救えた命があったはず-。悔しさと怒りを抱える住民の証言と行政の動きから悲劇の時間軸をひもとく。
 >午前10時28分 第一報 直感「あれが崩れたか」【残土の闇 警告・伊豆山⑳/第4章 運命の7・3②】

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