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大自在(2月11日)小澤征爾さん逝く

 高校時代に買い求め、手元にずっと置いている一冊の本がある。「ボクの音楽武者修行」。指揮者の小澤征爾さんが神戸から単身、スクーターと共に貨物船で海を渡り、未知の世界に飛び込んだ日々を自らつづった青春記だ。
 スクーターを貸してくれたメーカーの条件は「日本国籍を明示すること」「音楽家であることを示すこと」「事故をおこさないこと」。白いヘルメットに日の丸のはちまきを締め、ギターを背負い、スクーターにまたがっての欧州行脚だった。
 怖い物知らずの楽天精神と圧倒的な行動力。音楽への熱い思い。ページをめくるたびに興奮した。小澤さんの訃報に接し、表紙が黄ばんだその本を読み返した。変わらぬ新鮮さに心を揺さぶられ、そこに生きざまとしての「世界のオザワ」の原点を見た。
 自らが先駆者として切り開いたことで培った経験値の大きさは比類ない。それは日本の音楽界を刺激し、発展させる原動力にもなった。
 指揮の恩師である斎藤秀雄は、小澤さんが育て上げた「サイトウ・キネン・オーケストラ」にその名を残す。小澤さんは若い音楽家を大切にし、育成に力を注いだ。それは斎藤の音楽教育にかけた執念を受け継ぐという、強い意志の表れだったのではないか。
 小澤さんは「ボクの…」を、「外国に行く日本の若い音楽学生、ぼくたちの仲間の音楽家たちのために、いい点にしろ、悪い点にしろ、少しでも参考になれば、幸いだと思っています」の言葉で締めくくる。これからも、世界に羽ばたこうとする若手たちを鼓舞し続けるに違いない。

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